「未来のための公共」は、先日閣議決定を経て審議入りされた共謀罪に反対します。2020年を意識してつくられているという共謀罪は、テロ対策として不十分であるにもかかわらず個人の政治的自由を大きく制限しかねない内容となっており、かつ立法のための政治プロセスにも大きな問題があるものです。2020年に向けた課題設定について、「未来のための公共」は、いま日本が決して目を背けてはならない原発問題、女性の権利、格差対策に、より注力することを政府に強く求めます。

共謀罪は「テロ対策」を口実にしてはいるものの、そのための必要性は薄く、それにもかかわらず市民の政治的自由を大きく損ねかねない内容となっています。野党の指摘や日弁連の声明などにもあるように、テロへの対策は現行法でも十分に対応可能であり、仮に「テロ対策」のために新たな法律を作る必要があるのだとすれば、具体的な立法事実をあげ、個別に立法することを検討すべきです。また、今出てきている案では、対象は「テロリズム集団その他」となっているものの、何をもって「テロリズム集団」とされるのか、また「その他」には何が含まれるのかについての十分な議論が行われているとは言いがたいのが現状です。必要以上に解釈の余地を残すことになれば、国家権力によって恣意的な運用が行われるなど、共謀罪が市民の政治的自由を侵害する可能性を否定できません。

立法プロセスにも大きな問題があります。そもそも共謀罪というのは、法案としては過去に三度出てきたものの、その度に潰えています。しかし今回は、実際の内容としては従来通りの共謀罪であるにもかかわらず「テロ等準備罪」と呼び、「安全」のためとして立法に向かっています。しかしそれならば、「今後、日本の政治社会が望むのは、どのような〈安全〉なのか」ということについて、改めて市民のあいだでの議論の余地があるはずです。たとえば、生命/生活の保全のために〈安全〉を語るのであれば、下記に見るような諸課題もわたしたちの生命/生活の保全にとってより重要なテーマであるはずです。にもかかわらず今の政治のプロセスにおいては、「何が守るべき〈安全〉なのか」という、それこそ日本の政治社会にとっての最重要課題が、政府によって一方的に決定されています。日本の民主主義にとって共謀罪が与えるダメージは深刻なものでしょう。

日本が2020年の東京オリンピックに向けて取り組まなければならない課題は多岐にわたります。2011年の東日本大震災をもってその正当性が問われた原子力発電所については「アンダー・コントロール」では済まないままで、ジェンダー・ギャップ指数は過去最低の111位を記録しました。若者の貧困をはじめ格差も深刻です。そもそも17年憲法記念日に安倍首相は2020年を目標に改憲に言及したようですが、それ自体目的化された改憲より前に、こうした日本の政治社会の状況をしっかり注視し、現在の国内・国際情勢について学び、多数ある選択肢を吟味し、深く議論し、共に決定し、実効的な政策をうっていくことこそ、2020年に向けて日本が進むべき道なのではないでしょうか。

わたしたちが望む2020年の姿は、当たり前のこととして市民の政治的自由が保障され、私たち自身の課題について私たち自身で共に決定する民主主義の社会です。わたしたちの国家・社会の基礎として立憲主義を重んじる憲法があり、それが間違っても政治家の手によって形骸化されない2020年を、わたしたちは望みます。しかし共謀罪は、個人の政治的自由よりも国家の設定する「安全」を上位に置くものでありながら、この「安全」のありようにかんする民主的な政治プロセスの回路を、それこそ「安全」の名の下に、事実上閉ざすものです。

よって「未来のための公共」は共謀罪に反対し、路上に立ち、声をあげていきます。