2019年8月15日、戦後74年を迎える本日、未来のための公共は活動を終了します。この間、未来のための公共は、平和、立憲民主主義、社会的公正、そして生活保障の理念と運動のひとつのプラットフォームとして、日本に曲がりなりにも根付いてきたこれらの歴史を破壊する勢力に対抗する社会運動の流れのなかで活動してきました。本日、わたしたちはその活動に一つの区切りを表明します。

今回の参議院選挙では、改憲勢力の議席2/3を阻止するという多大な成果を得ました。この成果は、分裂が嘆かれていた野党勢力間の、そして市民と野党の共闘関係が根付いたことを意味している一方で、野党勢力が一度分裂してしまえばいとも簡単に反故にされてしまうという脆弱性を抱えています。選挙直前だけでなく、わたしたちには政党、そして政治家への注視と声かけが求められていますし、そうした日々の小さな参加の蓄積のなかで、単なるブームに終わらない、日本の新しい市民政治の文化が根付いていくはずです。

道のりはいまだ途上にあります。国内には戦争責任や戦時中の加害を無視し、損なわれ続けているマイノリティの権利拡大に難癖をつける勢力が跋扈しています。自己責任論が蔓延るなかで社会も制度も縮減されつつあり、核の脅威が残るなかで「唯一の被爆国」であるはずの日本は核廃絶のイニシアティヴを発揮できておらず、沖縄への構造的差別が当然視されています。他方で、そこから抜け出し、新しい世界を展望する流れもまた、戦後70年以上が経つなかで涵養されてきました。長く遠く、しかし一歩ずつ確かに進んでいる、自由や平等、平和、民主主義、そしてそれらの結晶である日本国憲法の支え手であることを、わたしたちは決して諦めません。

それはすなわち、この社会にあって、あなたと共に生きること、あなたと共に立つことです。政治はいつだって、大仰なお言葉や勇ましいメッセージ、耳障りのいいお題目からなんかではなく、あなたが隣に立っている、わたしたち自身の日々の身振りや生活のあり方、名前もない物語から始まります。未来のための公共は、本日をもって活動を終了しますが、言うまでもなく、その歩み自体を止めるわけではありません。これからも、上から押し付けられる「公」ではなく、私たちの足もとから立ち上がる公共を。

未来のための公共